仮免公認会計士Mなりの逡巡

会計士情報半分、雑談半分で再始動します

子どもができたら、80~90年代の洋楽、邦楽と、クラシック全般を聴かせる。

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眠れないときは無理に寝ることをあきらめ、くだらないことをあれこれ思考するのがここ最近のルーティーンになっている。

 

今回はその中の一つに関する話。

 

 

私は今のところ誰かと結婚する気は毛頭ないが、万が一結婚して子どもができたら

親として何をすべきだろうと思うことがある。

特に幼少期は繊細かつ多感なので、この幼少期に持っていた感覚や感情がその後の人生を形成するといっても過言ではない。

 

そして人間を形成するうえで先天的なものより後天的なものが果たす役割のほうが大きいので、そういった意味で親としての手腕が問われるだろう。

 

幼少期の教育方法の筆頭としてあげられるのはおそらく読書だろうが

私はそれよりはまず、タイトルで述べたように音楽を聴かせたい。

 

なぜならこの音楽が、私の幼少期時代の色濃く残っている記憶であり、私を少なからず形成していると思えるからである。

 

親は特別音楽が好きというわけでもなく、今思えばいわゆる有名どころしか流れていなかったが、今でも音楽とそれを聴いた時の状況をありありと思い出せる。

 

家族で高速ドライブした時にアルフィーを熱唱した5歳のころや、クリスマスパーティーで流れたマライアキャリーやWham!、家で留守番しているときにステレオから流れてきたベートーベン、チャイコフスキーなど今思えば音楽に囲まれていた。

 

 

 

 

このような音楽を聴いて得られるのは、想像力や感受性であった。

 

洋楽やクラシックは言葉こそわからない(ない)と言った意味で幼少期にとっては純粋な音楽であるがために楽器が奏でる繊細で大胆な音や、滑らかな旋律が心の琴線に触れ、様々なことを感じる。

 

幼少期の私たちの世界の周りは家族や学校と言ったごくわずかな範囲に限られているが音楽はそういった世界を超越したり新たな世界に連れっていってくれたりしてくれる。

 

 

 

そして80年代90年代の音楽は、日本語の美しさをおしえてくれる。

 

 

当時は今こそあやふやだが、幼いながらに美しい比喩や、情景描写、深奥だが胸に突き刺さるメッセージなど多くのことを吸収できた気がする。

 

 

今でもたまに、ふと日本語の美しさに胸を打たれ恍惚としてしまうことがあるのは、この音楽で培われた感受性のおかげだろうか。

 

 

 

特に村下孝蔵ALFEEミスチルを聴かせたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまた。